京都大学の「国際高等教育院」構想に関する最近の新聞記事の一覧です。ウェブ上で読める記事については、リンクしています。なお、最後の2つ(毎日新聞と朝日新聞)の記事については、人間・環境学研究科教員有志からのコメントを付加しました。
*京都新聞・朝日新聞の初報記事を下記一覧に追加しました (11月13日、15日の記事)
- 京都新聞 「『教育院』来年4月にも設立 京大、教養教育を抜本再編」 (11月13日)
- 産経ニュース 「京大に教養部復活か 基礎学力強化が目的 学内の反発強く調整は難航」(11月14日)
- 朝日新聞 「京都大、教養教育を一元化へ 13年4月に新部門検討」 (11月15日)
- 京都新聞 「高等教育院「教養部に戻すつもりない」京大総長会見」(11月16日)
- 京都民報Web 「京大の「国際高等教育院」設置に異議 職組や教授らが集会」(11月17日)
- 毎日新聞 「京都大:教養教育一元化へ 学力低下ストップ狙い、来年度にも新組織」(11月17日)
- 朝日新聞 「教養教育一元化 京大総長が表明」(11月17日朝刊・京都版)
【有志からのコメント】
上記2紙(毎日新聞、朝日新聞)の記事は、総長の一方的な主張をほとんどそのまま報道するのみであり、問題の所在が明らかになっていません。
朝日新聞の記事では、総長の談話として、
「一部の教員から『研究に専念できなくなる』などと反対意見が上がっていることについては、『研究はできる』と反論した。」
とありますが、この発言には次の2点で疑義があります。
- 何をもって「一部の教員」というのでしょうか。総人・人環の教授会・研究科会議では「国際高等教育院」構想に対する反対決議をしており、反対は、総人・人環教員の総意です。あるいは総人・人環の全教員は、京大にとって、「一部の教員」に過ぎないのでしょうか。
- 総人・人環の教員は、「研究に専念」することを求めているのではなく、良質な教育を提供するためには、研究の基盤が必要だということを主張しているのです。あらゆる領域において、研究の進展や視点の変遷などにより、知識は日々陳腐化してゆき、日々新しい問題が生じています。そうしたことに対応してゆかなければ、教育は成り立ちません。
毎日新聞(11月17日)、総長は「外国語や人文科学などについて、基礎知識から段階的に学ぶカリキュラムを企画する」と記されていますが、文学部、教育学部、法学部、経済学など明らかに人文科学系に属する学部及びそこに属する教員不在のまま、人文科学系のカリキュラムを企画するなんて、説得力が全くありません。他方、それを通じて見えるのは、松本総長の人文知識の乏しさおよび人文科学系に対する差別しかありません。
また、外国語能力について、松本総長は国際学会でペラペラな英語でプレゼンテーションおよび議論をできるのか、聞きたいです。出来る限り、その際のビデオを公開し、われわれの学びの手本になればいいのではないでようか。
Youtubeで見つかった松本総長のspeech
Kyoto and UNESCO Opening address by Hiroshi Matsumoto
https://www.youtube.com/watch?v=OP5KXkhlD5c
京大に公開された松本総長の履歴により、
1975(昭和50)年9月 NASAエームズ研究所客員研究員
1980(昭和55)年7月 スタンフォード大学客員研究員
海外滞在経験が2回あったにもかかわらず、speechの時に、原稿を手放さなかった総長は、海外経験ない学部生にペラペラな英語を注文するのがいかがのものでしょうか。
元教員です。堂々たる論陣をはって逆風に真摯に対峙され、研究科の過半の方々が有志に名を連ねられていることに敬意を表します。大学を離れてから6年近くもたちますと本気で「こうしたら」と考える意欲も失せ、またお手伝いする力も持ち合わせませんが、この事態は看過するに忍びません。
教養教育の企画と実施が別組織になっている現状の制度は、もともと出発点から深刻な矛盾を抱え込んでいたと思います。まさに「仏作って魂を抜いた」状態でした。実施部局である研究科がカリキュラムを決定する権限をもたない一方で、日常の不祥事には「実施部局の責任」として研究科長に対応が迫られるなど、ここで書くのは憚られるような屈辱をたびたび味わってきました。
しかるに、今回の役員会の提案は何でしょうか。先日来、大学側の資料もすべて眼を通してみました。現行のカリキュラムの問題点を丁寧に検討された答申もあり赤面の至りですが、「『教育熱心な34人』(11月18日京都新聞)を核にして教養教育に専念する教員組織を作る。研究をやってはいけないとは言っていない。やりたければやったらいい...」、根底にあるのがトップのこのような理解だとすると愕然とします。
統合知をめざす研究科の研究教育組織が京都大学の教養教育の理念を形成し提供する主たる部局となることは、40年にわたる全学的な叡智を結集して模索し検討した到達点だったと思います。私は(「有志」の方もそうだったと思いますが)、改革の途上のいくつかの場面では異論を唱え抵抗をしたこともありましたが、この基本的な流れと到達点はよく理解して尊重し、その継承とさらなる発展に及ばずながらも邁進してきたと自負しています。
「国際高等教育院」、(いささか人を食ったようなネーミングですが、)いかに名付けようと教養部、しかも1963年の法制化により教授会をもつ独立した部局となる以前の、「分校」植民地状態に逆戻りという印象をぬぐえません。最近はやった言い方をすれば、新制京都大学60年の歴史を覆す『ちゃぶ台返し』、先輩方々や全国の大学から笑いものになるのではないかと危惧しています。